« 「ショート ショート」 12 | トップページ | 「ショート ショート」 14 »

2012年2月11日 (土)

「ショート ショート」 13

Dsc00272_2


Dsc00273


Dsc00279


 「11面観音菩薩像」

 友人のKは50代過ぎて、突然ある日家族にも行方を告げず黙って家を出てしまった。
何をしていたのかといえば、2年間高野山大学で、ドイツ語の「観無量寿経」を教授と一緒に翻訳し、中国から来た「観無量寿経」との、比較研究をしていた。
それも完成しご褒美に僧籍まで貰った。
そしていよいよ家へ帰る段になるが、もし「あなた絶縁です」といわれ、家に入れて貰えなければどうしようと、不安で大変悩んだそうだ。
そりゃそうだ。突然或る日家族を路頭に置いたのだ(今推測すると家族が生活できる充分の資産は稼いであった)。しかしまあなんとか許され元の鞘に収まり、いまでは結構またまた偉そうにしているらしい。

 その彼と、高校時代同級生の7人の小グループで2003年秋ネパールへ出かけた。
バーバーの案内役では知識不足のため、知人のヒラ・カジ・シャキャ(釈迦族)にガイドを依頼した。
パタンでタンカ(曼荼羅)の工房へ行った際、シャキャの父が芸術家で仏像も造っていたと聞き、最後にシャキャの家に全員で立ち寄ることになった。
いろいろな作品を見ているうち、その中に背面の少し欠けた11面観音菩薩像が残されていた。
彼はそれを見るや有無を言わさず、「それを俺に譲れ」と迫り、強引にとうとう手中にした。
もちろんシャキャの言い値で応じたわけだが。
何故それほど彼が興奮するのか、その時点では誰も判らなかった。

 ホテルに帰り部屋でいうには、日本にほとんど無い原型の仏像であったという訳だ。
形態は頭上に高く縦に11面が伸びている。
普通日本で観られる11面観音菩薩像は平面状に11面あり、縦に重なる11面観音像は、もう日本ではほとんど手にすることはできないらしい。
そのときバーバーも写真、または何処かで、そのような11面観音菩薩像を観た記憶が蘇えった。
確かに日本では少ないようである。

 その後からは、仏教に帰依している訳ではないが、純粋に仏像価値として欲しいと思うようになり、次回訪問の時からは柳の下の鰌を狙っているのであるが、あれからもう9年経過するが未だに入手することができていない。もちろん高額を提示すれば入手が可能だろう、でもしがない年金生活者には、そのような物は手の及ぶところではない。
その彼から、釈尊所縁のルンビニでの夜、仏教の概念について参加者全員がレクチャーを受けた。
死を意識して生きるような年令になると、このような話や出来事も、素直に受け止められるのが不思議である。でも同行のNが「仏門に帰依しきれずに仏説き」と詠んだのも大変面白く、彼も「その通りだ。見抜かれたか」と苦笑いした。

 それからというものは、バーバーたちが集まって、たまに日本でも寺にゆくと、ストーパ(仏塔)を観て、上部の尖がり部(悟りの段階をあらわす13段)をさし、「俺はもう12段目に来た」だとか、「もう解脱の1歩手前だ」とか、「いや俺は施しをしたから菩薩になった」とか、人生いろいろ、仏もいろいろ、バーバーたちだっていろいろ。
食事時のビールの肴にそんな話が咲き乱れる。


|

« 「ショート ショート」 12 | トップページ | 「ショート ショート」 14 »

旅行・地域」カテゴリの記事